ということを最近どこかで誰かが言っていたのだけれど、
スタジオへ向かう朝の冷たい風のなかを進みながら、歩く速度と同じはやさでその言葉を反芻してみる。
ピナ・バウシュのヴッパタール舞踊団で20年間ピナと一緒に踊っていたというその彼女が、わたしの腕にかるく触れてくせを取っていく。スタジオの高窓から、朝の眩しい光が太く一筋射し込んでいる。ちょうどその直射を受ける位置に立ってしまっていたわたしに彼女が訊く。
─まぶしいでしょう?ここに立ちましょう。
思うところがあって毎朝彼女のレッスンに通うようになってから、まだ数日しか経っていない。でも数日前とは確実に何かが。空間がねじれるように風向きは、変わる。
そのときわたしが感じたのは、なぜだか安堵のようなものだった。床に向かって四角く射し込む強い光の外へと、ごく自然に、ひょい、と導いてくれた彼女のその手つきが、あまりに事もなげで、わたしはなんだか気が抜けてしまったのだ。眩しかったら、そこから一歩抜け出せばいい。あれだけ何年も踊りから離れていたわたしが、あっという間に今こうして彼女とスタジオにいるということ。それまでもっともらしい理由をつけて踊ることを躊躇していたわたしは、きっとあの強すぎる光のなかで身動きもせずに、顔をしかめていたようなものだったのかもしれない。彼女の導きによってそっと光の牢獄から抜け出たわたしは、柔らかな光のなかで前よりも楽に息をすることができた。
そう、現代文のテクストにあった詩人の言葉を思い出す。
私は大地をそっと歩く。そして、ゆくことによって、どこへゆくべきかを、私
はまなぶ。
…… 旅とは、どこかへゆくことなのではない。ゆくことによって、
どこへゆくべきかをまなぶということだ。
足の裏に床の温度を感じながら、静かに力まずに立つ。忘れないこと。呼吸を。立つことは、止まることではないのだ。わたしは今、そっと歩くことを、ゆくことによって、どこへゆくべきかを、まなぶ。
明日は、というか、もう今日ですが、その詩人の言葉に出会った母校の高校でコンサートがあって、Soleも一曲歌います。Goldという曲。そういえば、先月参加した合唱祭でこれを含め三曲を歌ったのだけど、その録音が先日届き、みんなで聴いてみました。恐る恐る耳を澄ませてみましたが、出来映えは、意外にも。とはいえもっとその先をめざしています。Sole は結構面白い集まりなんじゃないかと最近思います。なんでもできるようになればいいんじゃないかと、そう思わせてくれる場です。Goldのなかにこんな歌詞があって、わたしはいつも歌いながらその言葉に耳を傾けてみているのです。
And you better be you, and do what you can
do.
ほんとかな。でも多分ほんと。
ゆみこ
ゆみこ
0 件のコメント:
コメントを投稿